3区はアンファンルージュのマルシェ(Marché d’enfants rouges)のすぐ前に位置する広々とした公園、スクエア・ドゥ・タンプル(Square de Temple)。入り口が数か所あり、園の外周りにはぐるりと散歩道が作られていてゆっくり園を歩きながら植物観賞するのも気持ちのいい広場です。7700㎡という面積を持つこの園、あちこちに大きな木々が並んでおり、一つの公園なのに散歩ができてしまうくらい広く、沢山の種類の植物が溢れています。何と中央には人工の滝があり、囲むように大きな池が。池のほとりでは沢山の鴨達が水浴びを楽しんだりちょこんと座ってお昼寝していたり。池の周りも自然の木々や花が咲き乱れていてちょっとした異空間。「あれ?ここ、パリの公園の中?」と思わず感じてしまうほど、森の中を思わす雰囲気を持っています。池の右側は子供達の楽しそうな声が響く遊び場となっており、滑り台に加え鉄棒なんかもあったりしてとても充実しています。パリの公園にはお決まりの卓球台も勿論。
建築家、ガブリエル・ダビオー(Gabriel Jean-Antoine Davioud 1824-1881)によってデザインされた鉄柵や、ブラスバンドの創設者であり、楽譜を読む音楽訓練を作り上げた音楽家、ウィルエム(A.B Wilhem/Guillaume-Louis-Bocquillon1781-1842)の彫像、彫刻家アンリ・ラグリフゥール(Henri Lagriffoul 1907-1981)によって創られた詩人・シャンソン作家、ベランジェ(Pierre Jean-de Beranger 1780-1857)の彫像などが立っています。ベランジェはかつてこの広場のすぐそばの通りに住んでいたのだとか。そして当時もここで数々のコンサートが行われたのであろう、キオスク(円形のステージ)。自然とアートが素敵な感じに入り混じっています。
そして園中央の芝生には、当時この3区に住んでいた2~6歳までのユダヤ人の子供達85名の名前が書かれた記念石碑が建てられています。第二次世界大戦中、ナチスによって1942年~1944年の間にアウシュヴィッツ強制収容所に送られ命を落とした子供達の名前。当時学校にも行くことができなかった小さな命、今も尚忘れてはならぬ命の大切さが石碑として残されています。
この広場はかつてテンプル騎士団(Templier)の古い囲い地の一部で、1857年に公共の場として開放されました。当時パリ大改造計画を企てたセーヌ県知事オスマン(George-Eugene Haussemann 1809-1891)により造られた24の広場のうちの一つでもあったのだそう。改造工事はアドルフ・アルファン(Jean-Charles Adolphe Alphand 1817-1891)によって行われました。首都パリとなるに至る大改造工事は彼の大きな力が費やされています。
様々な歴史の背景がこの広場には込められています。現在は人々が憩う、静かで緑溢れる平和な公園。スーツ姿の男性は芝生でお昼寝、ちょっとしたサンドイッチを持ってきてお腹を満たすカップル、元気一杯走り回る子供達の笑い声。中央にふと目をやると、疲れた羽を癒す鴨達。何よりも豊富な植物や木々が目も心も癒してくれます。
暑くなるこれからの季節、ちょっと腰を下ろすにも素敵な広場です。是非立ち寄ってみて下さい。
Square de Temple【スクエア・ドゥ・タンプル】
rue de Bretagne 75003 Paris 辺り
開園時間 : 8:00~(月~金) / 9:00~(土・日・祝)
閉園時間 : 21:00(5月1日~8月31日)季節によって変更します
メトロ : 3番線Temple


























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