クスクスを取り巻く家族の肖像 La Graine et le mulet
チュニジア系フランス人、アブドゥラティフ・ケシシュAbdellatif Kechiche(1960~)は、今最も才能のある映画監督の一人といっても過言ではないであろう。大評判を呼んだ前作『L’Esquive(レスキーヴ)』から早4年、新作『La Graine et le mulet(ラ・グレーヌ・エ・ル・ミュレ)』の公開となった。その直前には、映画のゴンクール賞とも言われる、名誉あるルイ・デリュック賞Prix Louis Dellucを受賞した。評価の高さはフランス国内だけではなく、夏に開催されたヴェネツィア映画祭でも、審査員特別賞を受賞済みということからも証明されている。
タイトルは『粒とボラ(魚)』を示す。この2つから成るチュニジアの国民料理クスクスCouscousが、この映画では重要な役割を果たしているのだ。
物語は、南仏の港町セットSèteで暮らす、物静かかつうだつのあがらない61歳の男スリマンを描く。港の工事現場で働いていたが、作業能率の悪さで解雇されてしまう。離婚した妻や家族にも適当にあしらわれている彼の一番の理解者は、現在の恋人の娘・リムであった。スリマンも、彼を実の父のようだと慕うリムの力添えで一念発起。古い船を買い取って、手探りながらもクスクスレストランを開く決意をする。そんな中、以前の家族と新しい家族の感情が入り乱れてゆく。
主な登場人物は、ケシシュ本人と同様、全てマグレブ(北アフリカ)系。勿論フランスで社会問題となっている、彼らのコミュニティに対する軋轢も描かれてはいるが、その前にこの作品は、怒り、泣き、笑う、人間のあらゆる感情と家族の姿をありのままに描いたものである。
2時間半とかなり長い作品なのだが、その殆どは大家族が集った食事会や、カフェでたまるおっさん達の下世話な噂話など、延々と続く人間のコミュニケーションのシーンに費やされているかのような印象だ。カメラはまるで会話の参加者の視線のごとく、右に左にめまぐるしく動き、発言者のアップを写し出す。映画館内の観客と、スクリーンの中の人物たちの笑い声が同時に起こる。ドキュメンタリー映画をも凌駕する臨場感を持つこのスタイルこそ、ケシシュ作品の個性そのものなのだ。
当然、登場人物たちは喋り捲る(寡黙なスリマンを除き)。この言葉にも重点を置いた演出は、演劇畑出身であるケシシュらしいとも言えるだろう。そういえば前作『レスキーヴ』も、パリ郊外の若者たちがマリヴォーの演劇に挑む、というものであった。当然、シナリオも彼本人が担当している。マグレブ社会ではわからないが、フランス人は一般的に言葉の力に敏感である。上映後、場内が大拍手で包まれたのは(パリの商業映画館では滅多にないことである)、そんなところもあるのかもしれない。
La Graine et le mulet【ラ・グレーヌ・エ・ル・ミュレ】
2007年フランス作品 151分
監督 : アブドゥラティフ・ケシシュAbdellatif Kechiche
出演 : Habib Boufares, Hafsia Herzi, Faridah Benkhetache他
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