高級ブランド通りの芸術家の教会 Eglise Saint-Roch

高級ブランド通りの芸術家の教会 Eglise Saint-Roch【サン・ロック教会】華やかなブティックが連なるサントノレ通りrue Saint-Honoréに厳粛なたたずみの教会、サン・ロックEglise Saint-Rochがある。
中世の規格を則った建築のサン・ロック教会はパリの教会の中でも広さ、そして彫刻や絵画などの宗教芸術の豊富さを誇る。正面から見ると、全長126mの大きさが感じられないのは、何度もの工事の中断、再開を重ねて、奥深く継ぎ足しされてこの全長に至ったからである。

豊富なコレクションから宗教美術館とも呼ばれるEglise Saint-Roch【サン・ロック教会】1653年にルイ14世によって礎石が置かれ、ソルボンヌ大学の設計者、ジャック・ルメルシエJacques Lemercierによって設計されたのがサン・ロック教会の始まり。ファサードは1753年にロベール・ド・コットRobert de Cotteによりバロックとフランスの古典を融合されたスタイルを用い、2階建て構造で建造。下階は装飾のないシンプルなドーリア式、上階は互い違いにアカンサスが彫り込まれたコリント式オーダーが見られる。

中に入ると、宗教美術館とも呼ばれるだけあって、側廊には多くの宗教画。
交差廊まで来ると、袖廊はシンメトリーに2つの祭壇が設置されている。聖ドニSaint-Denisの祭壇となっている左袖廊は、サン・ロック通りrue Saint-Rochからの出入口となっていたが、1763年に封じられ、扉のアーチの中にはヴィエンJoseph-Marie Vienによる絵画『聖ドニの宣教Prédication de Saint-Denis(1767年)』がはめ込まれている。
向い合う、右袖廊には1130年のパリで流行ったペストの治癒をとりなした聖ジュヌヴィエーヴSainte-Genevièveを描いたドアイヤンGabriel-François Doyenの『アルデンの奇跡Le Miracle des Ardents(1767年)』。両祭壇ともアーチ部に金箔を施した聖ドニのSD、聖ジュヌヴィエーヴのSGの頭文字の木製の装飾で構成されている。

袖廊にはシンメトリーに聖ドニと聖ジュヌヴィエーヴの祭壇Eglise Saint-Roch【サン・ロック教会】 内陣の聖人と天使が描かれたクーポールEglise Saint-Roch【サン・ロック教会】

ふと見上げると、内陣の華やかなクーポールが広がる。1864年に描かれたロジェAdolphe Rogerの聖人と天使が描かれた天井画だ。礼拝椅子に座って、ゆっくり鑑賞したい。

聖母の礼拝堂には被昇天の天井画とファルコネの栄光のレリーフEglise Saint-Roch【サン・ロック教会】1706〜1710年にジュール・アルゥドァン-マンサールJules Hardouin-Mansartが建造した聖母の礼拝堂la chapelle de la Viergeはこの教会の見ものの一つ。クーポールは内陣のそれに比べてくすんだ薄暗さをもつピエールJean-baptiste Pierreによる被昇天Assomption(1756年)。時代に合わせて哀れみのドラマチックな情景をというリクエストで、サン・シュルピス教会の建築家、セルヴァンドニServandoniに依頼するが、余りにも厳格な要求だったために断られ、コンクールで選ばれたのがピエールだという。

この丸天井と祭壇を繋ぐ金の後光は、ローマのサン・ピエトロ大聖堂の教皇座位にインスピレーションを受けた、ファルコネEtienne-Maurice Falconetの大理石を模したスタッコ仕上げの『栄光La Gloire(1756年)』。ステンドグラスから出る光彩、厚い雲、聖天使の頭像は聖母が懐妊を促した精霊の働きを表している。同じテーマで雲の延長線上、現在の聖母の左位置にはファルコネの大天使ガブリエルもあったが、フランス革命時に盗難されてしまった。
この大天使に代わって、1805年に祭壇にはアンギーエMichel Anguier作のキリストの誕生を表す像『キリストの降誕La Nativité(1665年)』が設置された。三角を描くように配置された三体が安定感を出し、瞑想と聖母の慎みの体制を引き立てている。

大天使ガブリエルに代わってキリストの降誕の三体Eglise Saint-Roch【サン・ロック教会】 一番奥のゴルゴダの礼拝堂までは126mの全長Eglise Saint-Roch【サン・ロック教会】

ブーレーのゴルゴダの礼拝堂のキリストEglise Saint-Roch【サン・ロック教会】入口を入ったときには、こんなに奥深くまで教会が続くとは思わなかったが、ノートルダム大聖堂とは全長では4mの差しかなく、左岸のサン・シュルピス教会に匹敵する右岸の大教会だ。一番奥のゴルゴダの礼拝堂La chapelle du Calvaireまでは正面に立つと、内陣、聖母の礼拝堂を貫いて、再奥部には自然光に照らされるキリストの十字架が見えるようになっている。
この礼拝堂が建築家、ブーレーÉtienne-Louis Boulléeによって建造されたのは1760年になってからのこと。ちなみに、ゴルゴダ(ラテン語ではCalvaria)はキリストが十字架に磔にされたとされるゴルゴダの丘を指す。残念ながら、木のキリストはソルボンヌ大学のチャペルにあった大理石の物に、ファルコネ作の戦人はデセーヌLouis-Pierre Deseineのものに置き換えられ、ブーレーの祭壇は跡形もなく、当時の物は何も残っていない。カルナヴァレ博物館ではレピセNicolas-Bernard Lépiciéの絵画に1760年代のこの礼拝堂の様子が伺える。

歴史的文化財に指定されているオルガンEglise Saint-Roch【サン・ロック教会】ゴルゴダの礼拝堂を見学して、折り返すと目に入るのは、1751年に設置されたオルガン。外装はルイ15世スタイルで、後に構築されたパイプオルガンのメカニズムも同様に歴史的文化財に指定されている。革命時にはこのオルガンも被害を受け、パイプは解体され、弾丸へと変えられた。修復、改装を繰り返したオルガンは2832本のパイプを備え、今日も多くの音楽家から愛されている。

1750〜1770年にかけて、マルデュエルJean-Baptiste Marduel神父は当時の一流アーチストを招集し、絵画と彫刻を設置をした。しかし、フランス革命の時代には、オルガンを始め、数々の芸術品、建築物自身も含め、サン・ロック教会は身ぐるみを剥がされることになる。その後、パリ市は破壊された他の教会から絵画や彫刻を集め、新しい装飾の要となる絵画を注文。今日はサン・ロック教会に元来あった芸術品は少ないとはいえ、パリ市中の宗教芸術が結集され、18〜19世紀の重要文化財となる作品が見られる教会となっている。

また、芸術作品のコレクションに留まらず、17世紀の劇作家、コルネイユPierre Corneille、テュイルリー公園等を設計し、フランス式庭園のスタイルを確立した造園家ル・ノートルAndré Le Nôtre、啓蒙思想の作家・哲学者、ディドロDenis Diderotらが埋葬されている。
今日もコンサート、展覧会と言った文化的な催しも行われ、アーチストのミサも行われるため、芸術家の教会とも呼ばれている。

Eglise Saint-Roch【サン・ロック教会】
296, rue Saint-Honoré 75001 Paris
www.saintroch.esqualite.com

by aki on 2007-10-01 [観光名所]
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