「昼顔」の38年後 Belle toujours
フランスで、マノエル・デ・オリヴェイラ監督の新作「ベル・トゥジュール」(2006年)が公開となった。日本では、先月開催されたフランス映画祭でプレミア上映されているので、もうご覧になられた方もいらっしゃるだろう。それにしてもこのオリヴェイラ監督、なんと御年98歳。それでもコンスタントに新作を発表し続けるエネルギーには、心底感服するしかない。現役の映画監督の中で、最高齢だとも言われている。
この作品は、タイトルからも想起させられるように、ルイス・ブニュエル監督の往年の名作「昼顔」(Belle de jour、1967年)に捧げられたオマージュである。リメイクではなく、「昼顔」の38年後の物語、という設定だ。もちろん、登場人物もそのぶん年をとる。イングマール・ベルイマン監督が、自らの作品「ある結婚の風景」(1973年)の30年後を、「サラバンド」(2003年)で描いたことを思い出す。もしかして映画界では、これからこのような渋い続編ブームの嵐が吹き荒れるのだろうか。
少女期のトラウマより、夫を愛しながらも性交渉を持つことができない、ブルジョワ若妻セヴリーヌ。しかし、ふとしたことで、彼女は夫に隠れて売春を始めてしまう。これが、「昼顔」のストーリーだ。暗く複雑な精神世界を描くことにかけては天下一の、ブニュエルらしいテーマである。「ベル・トゥジュール」では、既に未亡人となったセヴリーヌと、ある意味彼女が売春婦になるきっかけを作ったと言える友人ユッソンの偶然の再会が描かれる。ユッソンは、当時と同じくミッシェル・ピコリが演じるが、セヴリーヌ役にはビュル・オジェが登用された。当時のセヴリーヌ役のカトリーヌ・ドヌーヴは、出演を拒否したとのことである。考えてみると、歳はとっても少女のように怯えた雰囲気のあるセヴリーヌを演じるには、現在のドヌーヴではちょっと貫禄がありすぎるかもしれない。
暗い過去に触れられたくないセヴリーヌを、ストーカーの如く追い回すユッソン。そこにあるのは恋愛感情ではない。加齢とともに遠ざかっていたエロティシズムへの飽くなき追求のように思える。ユッソンは、カフェの若いバーマン相手に、セヴリーヌの愛と性についての分析を披露する。そんなディスクールは、「昼顔」では全く登場することはなかった。まるで、38年間の沈黙を破るかのように、当時のセヴリーヌの行動は「マゾヒシズム」という言葉で表現される。その響きに、老いたユッソンの中に眠っていた秘めやかな何かが、覚醒するのである。まさに、酸いも甘いもはるか昔に吸い尽くした超大人ならではの映画、だ。
この作品の舞台には、オペラ・コミック座、ヴァンドーム広場近辺、リヴォリ通りの高級ホテルと、ブルジョワなパリジャンのお出かけ先リストがふんだんに盛り込まれている。パリ的な小洒落た熟年ライフスタイル、そしてフランス男の燃え尽きぬロマンとエロスが、ここにぎゅっと凝縮されているのである。それでもクドくないのは、オリヴェイラが(そしてブニュエルも)フランス人ではない故の客観性があるからか。「昼顔」を見ていなくとも、ストーリーは追うことができる仕組みにはなっているが、やはりこのオリヴェイラによる解釈を存分に味わうためには、38年前を知っておいて損はない。セヴリーヌの服の趣味が当時と全く変わっていない等の、細やかな工夫につい顔がほころんだりする楽しみもある。
Belle toujours【ベル・トゥジュール】
2006年 フランス・ポルトガル作品 70分
監督 : マノエル・デ・オリヴェイラ
出演 : ミッシェル・ピコリ、ビュル・オジェ
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